大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)27号 判決 1984年4月24日

上告人

山中栄一

右訴訟代理人

村林隆一

今中利昭

吉村洋

井原紀昭

千田適

松本勉

田村博志

被上告人

特許庁長官

若杉和夫

右指定代理人

藤井俊彦

外五名

右補助参加人

佐野車輛工業株式会社

右代表者

佐野正幸

右補助参加人

株式会社 山沢製作所

右代表者

山沢英夫

右補助参加人

株式会社関口フレーム製作所

右代表者

関口久満次

右補助参加人

株式会社 野沢製作所

右代表者

野沢正雄

右補助参加人

トーハタ株式会社

右代表者

高橋喜代次

右五名訴訟代理人

吉原省三

同弁理士

小橋信淳

右補助参加人

株式会社共栄社

右代表者

林嘉一

右訴訟代理人弁理士

牧哲郎

主文

原判決を破棄する。

上告人の本件訴えを却下する。

訴訟の総費用は上告人の負担とする。

理由

職権をもつて、上告人に本件審決の取消を求める法律上の利益があるか否かについて判断する。

実用新案権者が実用新案法三九条一項の規定に基づいて請求した訂正審判すなわち実用新案登録出願の願書に添附した明細書又は図面を訂正することについての審判の係属中に、当該実用新案登録を無効にする審決が確定した場合は、同法四一条によつて準用される特許法一二五条の規定により、同条ただし書にあたるときでない限り、実用新案権は初めから存在しなかつたものとみなされ、もはや願書に添付した明細書又は図面を訂正する余地はないものとなるというほかはないのであつて、訂正審判の請求はその目的を失い不適法になると解するのが相当である。実用新案法三九条四項の規定は、その本文において、実用新案権の消滅後における訂正審判の請求を許し、ただし書において、審判により実用新案登録が無効にされた後は、訂正審判の請求を許さないものとしているのであるが、その趣旨とするところは、同法三七条二項の規定が、過去において有効に存在するものとされていた実用新案権が存続期間の満了等によつて消滅し現在においては権利として存続していない状態となつていても無効審判の請求を許すこととしているので、これに対応して、実用新案権者に対し、右のように実用新案権が消滅した場合にも無効審判の請求に対する対抗手段としての機能を有する訂正審判の請求をすることができるものとしたことにあるのであつて、実用新案登録を無効にする審決の確定により実用新案権が初めから存在しなかつたものとみなされる場合については、訂正審判の請求はその目的を失うので、右ただし書は、このような場合について訂正審判の請求を許さないことを明らかにしたものと解されるのである。してみれば、右ただし書の規定は、無効審決が確定した後に新たに訂正審判の請求をする場合にその適用があるのはもとより、実用新案権者の請求した訂正審判の係属中に無効審決が確定した場合であつてもその適用が排除されるものではないというべきである。

したがつて、訂正審判の請求について、請求が成り立たない旨の審決があり、これに対し実用新案権者が提起した取消訴訟の係属中に、当該実用新案登録を無効にする審決が確定した場合には、実用新案権者は、右取消訴訟において勝訴判決を得たとしても訂正審判の請求が認容されることはありえないのであるから、右審決の取消を求めるにつき法律上の利益を失うに至つたものというべきである。

これを本件についてみると、上告人は、本件実用新案権者としてその出願の願書に添附した明細書の訂正の審判を請求したが、その請求が成り立たないとする本件審決を受け、本訴によりその取消を求めているものであるところ、記録によれば、本件実用新案登録については、実用新案法三条の規定に違反してされたものであり、同法三七条一項一号の規定に該当するとしてその登録を無効にする審決が昭和五五年五月一日に確定したことが明らかであるから、これによつて、上告人は、本件審決の取消を求めるにつき法律上の利益を失うに至つたものというべきである。そうすると、本件訴えは、不適法として却下すべきであり、これを適法として本案につき判断をした原判決は、破棄を免れない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同井原紀昭、同千田適、同松本勉、同田村博志の上告理由

第壱点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明な法令の違背がある。

――実用新案法第参拾九条の解釈適用の誤り――

(一) 本件について破棄・差し戻された御庁(第壱小法廷)昭和五拾参年(行ツ)第弐拾七号、第弐拾八号事件の判決によると、実用新案法第参拾九条の法意は、「請求人において訂正審判請求書の補正をしたうえ右複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときには、審決において、その一部の箇所の訂正の可否について判断をなしうるものと解せられるが、そうでない限り、右複数の訂正箇所を全体として、その訂正が許されるかどうかを判断すべきものである」(原判決2―19表裏)のである。

そして、右は御庁の前記判決を待つまでもなく、実用新案法第参拾九条の解釈として当然導き出されるものであり、御庁の前記判決は右の解釈を確認せられたものであるに過ぎないことは蓋し、当然のことである。果して、そうであるならば、特許庁としては、実用新案法第参拾九条を右のように解釈して、その運用(法の執行)をすべきであるのである。

(二) 而して、前項御庁の判決があるまでの東京高等裁判所は所謂一部訂正を認めていたのである(東京高裁昭和48年4月11日判決、無体集5巻1号70頁――この判決は御庁においても認められた昭和50年12月18日判決特許と企業86号61頁――、同47年11月28日判決、判例工業所有権法現行法編52341の54・2341の41の7、本件における破棄前の東京高裁判決)。然るに、特許庁は、右のような東京高等裁判所の判決を全く無視し(上告して争いもしないで)、一部訂正を全く認めない実務運営をしている(「出願・審査・審判・訴訟」(特許法セミナー2)有斐閣724頁、特許庁「とつきよ」68号4頁、吉藤幸朔「特許法概説」(第4版)368頁、昭和32年審判第106号事件審決)。右は、実用新案法第参拾九条に違反する実務運営である。従つて、特許庁において、実用新案法第参拾九条の規定に則り、前記御庁の判決の趣旨に従つて「一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示する」ことは許されないことであつた。

(三) ところで、原判決は、上告人が「複数の訂正箇所のうち一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示しているものと認められないから、……違法はない。」と判断している。然しながら、右は特許庁が、御庁の前項判決の通り実用新案法第参拾九条の正当な解釈に基づく運営(法の執行)をしている場合の法理論であつて、本件のように特許庁が東京高裁の判決にかかわらず(御庁の前記判決によつて、一部変更せられたが)、一部訂正を全く認めなかつた現状では、原判決が言うように一部の箇所についての訂正を求める趣旨を明示することは、当該訂正の審判請求自体を不適法のものとして不受理処分又は却下処分(実用新案法第四拾壱条で準用する特許法第壱参参条又は壱参五条)になることは明々白々であり、上告人としては、かかる訂正審判の請求を求めることは百パーセント不可能のことに属したのである。従つて、かかる不可能のことを前提として原判決のような判断をすることは、実用新案法第参拾九条の解釈を誤るものであり、右の誤りは、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(四) 本件は、前項御庁の判決通り、上告人に一部の箇所について訂正を求める機会を与える為に、原判決を取消すべきであつたのである。

第弐点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明な法令の違背がある。

――実用新案法第参拾九条第壱項・第弐項の解釈適用の誤り――

(一)(1) 審決によると「結合ピン13」とは、「耕転機AとトレラーBを左右屈折自在に結合する抜き押し自在の垂直結合ピン13軸心線上C―C」ということである。

(2) 右の結合ピンは次のように分析することができる。

右において「結合ピン」は上位概念であり、①②はその作用目的に関する下位概念であるから、当然上位概念は①②の下位概念の意味を包含する。之に対して、例えば「AとBを左右屈折自在に結合する結合ピン」といえば、②の要件は除外される。これが即ち範囲の減縮である。

(3) 従つて、本件訂正の(8)において「耕耘機とトレラーを結合する結合ピン13軸心線上C―C」を「耕耘機とトレラーを左右屈折自在に結合する結合軸心線C―C」と訂正することは審決の結合ピンに関する認定からも、範囲の減縮に当るものであるから、この訂正に、いささかも違法はない。

(二) 然るに、原判決は、このような範囲の関係を無視し、「結合ピン」を「結合軸」に訂正することをもつて、範囲の拡張に当るとした。然しながら、右のような考え方は、字句の訂正そのものを違法と見ることであつて、実用新案法第参拾九条が、「誤記の訂正」も「明瞭でない記載の釈明」も、「実質上実用新案登録請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」でない限り許されるものであるとしたことと異なる判断であつて、違法たるを免れないのである。

(三) 原判決はこの点に関し、『「結合ピン」を即「結合軸」と理解することはできない。』(2―23表)との理由を付加しているのであるが、そうとすれば当然「軸」が「ピン」に対してどのような意味範囲が大きいのか、或は、相違するのかについての理由を必要とされるのである。

(四) 然るに、原判決は、これを予断に基づいて判断しているのである。然しながら、上告人は、これを社会通念によつて判断すべきであると思料するものである。因みに、広辞苑によると「ピン」の項に本件に類似するものとして「①とめばり、安全――」「②ボーリングの徳利型標的」、「点の意」などと記載されていて、原判決が予断によつて判断したように確定的な概念は存在しないのである。これに対して「軸」を見ると、「車の心木、穀(こしき)を貫き輪と車体とを連結する材」などという記載が認められる。このように対比して見ると「ピン」を「軸」に訂正することは意味範囲の拡大というよりも、逆に相当なものに縮少したと考えるのが一般的な判断といわなければならない。

即ち、「ピン」の項の①②は本件に相当するものとは言えず「点の意」に相当するとしても意味範囲は大きい。之に対して「軸」なる字句が「連結する材」という意味を含んでいることは「ピン」より具体的な本件考案の部材を示すに適したものと言わなければならない。

(五) 右を要するに、原判決が理由とした「ピン」を「軸」に訂正することには何ら違法な点はない。がしかし、本件訂正の(1)と(8)は、単に「ピン」の字句の削減に関するものではないから、この削減だけを訂正の判断対象とするのは「複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決をすることができるだけであり」とした御庁判示の思想に反するばかりか適法な審理とはいえない。

即ち本件訂正の(1)は「結合する結合ピン軸心線上」を「左右屈折自在に結合する結合軸心線上」に訂正するものであり、同じく(8)は「耕耘機とトレラーを結合する結合ピン13軸心線上C―C」を「耕耘機とトレラーを左右屈折自在に結合する結合軸心線上C―C上」に訂正するものである。そこでこの訂正の前後を比較した場合、前掲(一)の(2)に記述したように範囲の減縮に相当するものであるから何ら違法な点はなく、原判決の判断は実用新案法第参拾九条の解釈適用を誤つたものである。

依つて、原判決は破棄せられるべきである。

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